トップSS>八雲紫の異変解決

八雲紫の異変解決

「つ、次は覚えてなさい!」

「さっさと諦めてくれるとありがたいんだけど」

捨て台詞を残して長い黒髪の少女が走り去る。彼女と初めて会った日から毎日繰り返されている風景だ。
幻想郷を守る結界を脅かそうとした彼女を、撃退した結果がこれである。
異変解決“ごっこ”とは違い、全力だったであろう彼女を打ち負かしたことは、プライドを著しく傷つけたらしい。私を倒そうと毎日毎日つっかかってくる。
しかも、単純に私に勝てばいいと言う訳でも無いらしいのが困りものだ。
手を抜かれているのが分からないほど馬鹿ではなく、手を抜かれた勝利で満足するほどプライドは低くない。

“全力のあんたを倒さないと意味がない”

……らしい。困った娘である。
全力でもって相手しなければ一生まとわりつかれ、全力でもって相手すれば彼女の目標達成が遠のく。
しかも日々進歩する彼女に対応して全力をだすのは一苦労だ。
今日もまた一つこちらの戦術が潰され、相手のそれが増えていた。
面倒だが対策しないとまた彼女がやかましい。
本当に面倒だ……。

「遅いわね……」

毎日ほぼ同じ時間に宣戦布告のタケノコもとい要石が飛んでくるので、その時間に合わせて安全な場所で待ち構えることにしている。
ところが、いつも彼女がやってくる時間になっても彼女は姿を見せない。
面倒事が減るのは結構なことなのだが、彼女の襲撃は既に日常に織り込まれているので、どうも調子が狂う。

……そもそも、日常と違う事は即ち異変では無かろうか。とすればこれも立派な異変であろう。
異変はすべからく解決されるものであり、この異変を解決するなら向かうべきは天子のいる天界であろう。
異変を解決するのは巫女の仕事だが、この程度のことで博麗の巫女の手を煩わせることもない――個人的に安否が気になるとかそう言うことではなく。

などと、誰に対するものか分からない言い訳をしながらスキマを開く。
向かうのは遥か雲の上。

「……あの娘ったら、一体どういう生活してるのよ」

彼女に会いに来たと告げた時の門番の顔といったらなかった。
“総領娘様”に会いに来る者はいれど、“比那名居天子 ”に会いに来るものは、今まで皆無だったらしい。
彼女の歪みの一端が見えたが……まあ私には関係ない話である。

案内されるままに彼女の部屋に入ると、そこに彼女の姿はなく、代わりにベッドに人一人分の膨らみが見える。

「なんとかは風邪ひかないってのは間違いだったみたいね」

「……私がなんとかじゃないと言う可能性はない訳?」

その膨らみに向かって声を掛けると、くぐもった声が返ってくる。
どうやらしゃべれる程度の元気はあるようだ。

「それよりは風邪じゃない方が有り得ますわ」

「……って言うか何しに来たのよ」

なおも布団と会話していると、もぞもぞと彼女が布団から顔を出し、不機嫌そうに睨んでくる。

「何しにって……異変解決よ」

「……はぁ?」

自分の中での建前は考えてここまで来たが、彼女に対する建前は考えてなかった。
とっさに何も思いつかず、口をついて出たのは自分の中での建前。
過程がほとんど省略された答えを、彼女は当然理解できず訝しげな声を上げる。

「異変とは日常ではないこと。あなたが私に元に来て追い返されるのは日常。即ち、あなたが私のところまで来ずに寝込んでいるのは異変じゃなくて?」

「……見事な三段論法ね」

「それに朝一番にあなたボコらないと調子が出ないのよ」

「なんなら今すぐ相手に……けほっけほっ」

いつのも調子で説明をしていたら、いつのも調子で挑発が飛び出し、いつのも調子で彼女が噛み付く。
しかし、風邪で寝込んでいるというのは本当らしく、苦しそうに咳き込みだす。

「病人は大人しく寝てなさいな」

「でもっ」

「弱いものいじめをする趣味は無いわ。悔しかったら、さっさと風邪を治すことね」

「むぅ……」

「……私は一体何をやってるのかしらね」

勢いでお粥でも作ってくると言ってしまったが、桃ぐらいしか食材がない天界にはろくな調理設備はなく、マヨヒガまで戻るハメになった。
しかも、こういう時に限って家事全般を任せている式の藍は不在で、自ら調理する他無い。

不本意ながら、周りから料理が出きる者だという印象はないらしいのだが、式に出来て主人に出来ない道理はない。
確かに藍に任せるようになってから料理は一切していないが、凝った品目ではないし、問題はないだろう。それに、いざとなれば藍に書き込んだコードを一時的に自分へ適用すれば済む話である。
問題があるとすれば、藍任せにしているせいで台所の勝手が分からないことぐらい。

「……し、式に出来て主人に出来ないことなんて無いのよ!」

悪戦苦闘の末(主に藍のせいである)になんとかお粥と呼んで遜色ないものが出来上がった。これにより、自分のコードの有能性が改めて実証された。
自分で書いたコードを自分で走らせてるのだから、自分でやったのは間違いない。間違い無いはずだ。
ともかく出来上がったお粥を持って天子の部屋まで戻ってきた。

「……何しに来たのよ」

「あら、言ったじゃない。お粥でも作ってあげるって」

「あれって本気だった訳?」

「私の手にあるものが何よりの証拠じゃなくて?」

「むぅ……ちゃんと食べられるのよね?」

「私が作ったものよ?」

「だから聞いてるんじゃない」

「あなたねぇ……」

一体どんな見方をされているのか少し呆れるが、霊夢辺りに持って行っても似た様な反応が返ってきそうである。
私だってこんな得体の知れない妖怪が作った料理は遠慮したい。

「んっ……ほら、大丈夫でしょう?」

「そ、そこまで言うなら、食べてあげても良いわよ」

毒味とばかりに私が一口食べると、ようやく天子は首を縦に振る。
相変わらず実に素直じゃないが、あえて指摘はしない。確実に拗ねて面倒なことになる。

「ぁ……」

「……?」

突然天子が小さく驚いたような声を上げ、視線が私の顔を撫でる。
タイミングからすると、匙を使い回したのが引っかかったらしい。
顔を若干赤らめているのをみると、間接キスでも意識したと言ったところか。
いちいち気にすることも無いと思うのだが、からかいがいがあって可愛いとも言える。
気づかないふりをして使い回した匙で掬ったお粥を天子の口元へ持っていく。

「なっ――なんのつもりよ!?」

「病人は大人しくしてなさい。はい、あーん」

「うぅ……」

突き付けられた匙を見て天子は顔を真っ赤にして縮こまる。
間接キス程度に赤くなる様では、このシチュエーションに耐えられる訳もない。

「あら、どうしたの? ほら、あーん」

「っ――」

噴き出しそうになるのを必死で堪えて、心配そうな表情を作り上げる。
上手く出来ている自信はないが、今の天子にそこまで気付く余裕は無いだろう。

「冷めちゃうわよ?」

「あー……うん……」

「それとも、直接がお好みかしら?」

「直接?」

天子の疑問の声に答える代わりに、匙を一旦自分の口元に持って行ったあと再び天子の口元に戻す。
だいたい伝わったらしく、天子の顔に音がしそうなほど一気に赤味が増す。

「なっ、なに考えてんのよ!」

「なにってあなたにお粥を食べて貰う方法をよ」

「もっと普通の方法を考えなさいよ! ……って言うか一人で食べれるから、そうさせなさいよ!」

「あらそう。はい、どうぞ」

「へっ……?」

「食べるんでしょう?」

差し出されたお椀をキョトンとした顔で天子が見つめる。自分が墓穴を掘ったことにまだ気付いていないらしい。
もう少しからかいたい気持ちもあるが、掘られた墓穴には突き落とすのが礼儀と言うもの。

「食べるんでしょう?」

「え……ええ……」

半ば上の空で返事をする天子。視線は手元のお椀と私との間をせわしなく移動する。まだ気にしているらしい。可愛い。
だからと言って蜘蛛の糸は垂らさない。無言の圧力を掛けながら、生暖かく見守るだけ。
やがて意を決したように匙に口につけお粥を含む。

「お味はいかが?」

「わ、悪くは無いわ」

美味しいらしい。流石は私(が書いたコード)

「それは良かったわ。お嬢様のお口に合うかちょっと心配だったのよ」

「どういう意味よ」

「天界の桃は美味しいってことよ」

「あんなもの3日で飽きるわ」

「それはともかく、しゃべりながら食べるのは、お行儀が悪いわよ?」

「話掛けてるのはあんたじゃない……」

「あっ、ほら、食べこぼし……んっ」

「っ――!?」

唇にご飯粒が着いているのを見て、ちょっとしたイタズラ心から舌で舐め取ってみた。

「あらあら……困ったわね」

その結果がこれである。オーバーヒート、機能停止。
予想はしていたが、本当にそうなるとは思わなかった。今は反省している。

幸いにして、お椀の中身は殆ど空で、惨事には至っていない。つまり、このまま帰っても問題はない訳だ。
目覚めたら誰も居ないと言うのも一興だろう……

「ぅぅ……」

「おはよう、天子」

と、そんな事を考えながらも、結局天子が目覚めるまでぼーっと天子を眺めていた。

「……あ、あんた、まだ居たの?」

唇を舐められたのを思い出したのか、布団の中に潜り込んで、上半分だけ顔を覗かせてこちらを見ている。

「あなたが起きたら、帰ろうと思ってたのよ」

「そう……」

ほっとしたような、残念なような、複雑な吐息を漏らす。可愛い。

「さっさと風邪なんて直しなさいよ。あなたを伸さないと調子が出ないのよ」

「ひ、人を何だと思ってるのよ!」

「何度倒されても学習しないバカかドエ……」

当たると痛そうなものが色々飛んで来たので、慌てスキマに逃げ込む。
天子の部屋が酷いことになっていそうだが、それは私の知り及ぶところではない。

それにしても、天子はせっかち過ぎる。
せっかくデレてあげようと思ったのに。

――何度倒されても学習しないバカかドエムで、こんな厄介な妖怪に関わる変わり者で……

「やっぱり、言ってやるものですか」

さて、あれだけ煽っておけば、明日からはまた元気に倒されに来るだろう。
異変は解決され、いつのも日常が戻ってくるに違いない……。

どっかでぶっぱしたネタをSSにしてみた。

ゆかりんのデレ加減には苦労しました。苦労した挙げ句に訳の分からない話に。