「何よ、それ」
訝しげな声で、目の前の長い黒髪の少女が尋ねる。
彼女の名前は比那名居天子。私、八雲紫の――分かりやすくいえば恋人だ。
「天子が着たら似合うと思って」
「……どう見ても男物の服よね?」
彼女の指摘どおり、私が抱えているのは男性用の衣服一式。
普通なら女性である天子に合うはずもない。
「似合うと思うわよ?」
しかし、視線を下へ持っていくと、女性ならば何かしらの膨らみがある場所には、代わりに平らな絶壁。
服と髪さえ誤魔化せば、性別など分からなくなりそうである。
「どーゆー意味よ」
自らの胸に注がれる視線を敏感に感じ取ったらしい彼女が、不機嫌そうな顔で睨んでくる。
胸の小ささは彼女のコンプレックスで、からかう度にいい反応が返ってくる。
「他意は無いわよ?」
と、返しながら、さりげなく腕を胸に下に回して持ち上げる。
私のは彼女のと違い誰もが羨む大きさ。
天子の表情が一段と不機嫌になる。
「他意しか感じ取れないのは私だけかしら?」
「裏を見すぎると本質を見落とすわ。時には物事を素直に捉えないとダメよ。……と、そういうことだから、素直に着てみない?」
「いやいや、意味分からないわよ。それに、そもそも着る気はないわよ」
「そんな、酷いわ。天子の為に手に入れてきたのに……」
「誰がそんな事頼んだのよ」
「ちょっとだけでいいから、ね?」
「イヤよ」
「ねぇ、お願い、天子ぃ……」
「だ、だから……」
なかなか首を縦に振らない天子だが、上目遣いに甘えた声でおねだりすると、態度がぐらついた。
脈アリと判断してさらに無言の圧力を加える。
「……」
「その……」
「……」
「……」
「……」
「あー、もう! 分かったわよ! 着ればいいんでしょ、着れば!」
とうとう根負けした天子が私から服をひったくると、襖の奥に消える。
と、すぐに隙間から顔を出し
「覗かないでよ!」
釘を刺して再び襖の奥へと戻っていった。
もとより覗く気など無かったのだけれど、やるなといわれると無性にやりたくなってくる。
しかし、それで機嫌を損ねると元も子もない。ぐっと我慢して天子が戻るのを待つ。
そわそわしながら待つこと数分。
襖の隙間から天子が顔を出す。
「意外と掛かったわね」
「慣れない服だから手間取っちゃって……で、これで満足?」
ため息混じりに姿を現した天子の姿は……予想以上の衝撃を私にもたらした。
ぺったんこだから、男装しても違和感は無いだろう。
その程度に考えていたのだが、黙っていれば綺麗な端正な顔立ちと、男物の服装が見事にマッチしていて……
「紫? ねぇ、紫!?」
「え……ええ、に、似合ってるわよ」
我も忘れて見入ってしまっていたらしい。
「……なんか、複雑な気分だわ」
「褒めてるわよ?」
「でしょうね。一応ありがとう。……って、なんか顔赤くない?」
「っ――そ、そんなこと……ひゃぁっ――」
慌てていつのもペースを取り戻そうとするも、急に近づいた天子の顔が思考を止まることのないwhileループに誘導する。
そして、なおも近づこうとする天子から逃れようとした結果、妙な悲鳴を上げて尻餅をつくこととなった。
「ちょっと、大丈夫?」
「だ、大丈夫よっ」
「顔真っ赤だし、具合悪いんじゃないの?」
「そんなことっ……きゃぁっ――」
上から覗き込んでくる天子の顔がまともに見れず視線を逸らす。
と、その瞬間体が持ち上げられ、小さな悲鳴が漏れる。
「ちょ、ちょっと!」
地面とは平行の体。
膝の下と背中に回された天子の腕。
俗に言うお姫様抱っこという体勢。
「寝室ってどっちだっけ?」
「なっ――」
「あんた具合悪いみたいだし、休ませないと」
「あ……えっと、そこを出て右に……」
“寝室”という言葉に自分でも分かるほどに顔が真っ赤になる。
天子が純粋に私を休ませる場所として寝室を挙げたと分かっても、それは収まる気配を見せない。
全身の制御を奪い始めた“女の子の心”がそれを許さない。
もう随分と長い間眠っていたそれは、天子の男装姿を前にして段々と勢いづいていく。
そして、寝室まで辿りついた所で、とうとう暴発した。
「ねぇ……キスして……?」
「へ……? な、なに急に……」
「いいじゃないの、減るものじゃないし……ねぇ?」
天子が驚いてこちらに振り返るが、驚いているのはこちらも同じ。
比喩なんかじゃなく、自分で何を言っているのか分からない。
気付けば、天子の首に両腕を回して、上目遣いに天子を見上げている。
天子はというと少し頬を赤く染めて、私の視線から逃れる様にそっぽを向いている。
しばらくそんな状況が続いたが、やがて天子が私の方に向き直り、そっと顔を近づける。
「……わ、分かったわよ……んっ……」
「んっ……」
そして、私の唇に落とされる口づけ。
唇同士が触れるだけの、軽く短いキス。
「これで満足かい?」
その後に天子から言葉。
見た目相応に口調と声色を変えたそれが私を貫いた。
心臓は危険なリズムで心音を打ち鳴らし、これ以上ないほどに赤く染まっていた顔に更に赤みがます。
天子の方も、私のこんな反応は予想外だったらしく、驚愕の表情がみるみる赤くなっていく。
「てんし……」
「ゆかり……」
紅く染まった顔でお互いに見つめ合う。
そのままどれだけの時間が経っただろうか。
数分か、あるいは数秒か。時間の感覚などとうに失われていた。
私の体はすこし乱暴にベッドの上に落とされた。
驚いて身を縮めたところを、更に両手首を押さえ込まれる。
目を開ければ、私に覆い被さる天子の顔。
「ゆかり……ゆかり……」
うわごとの様に私の名前を呟きながら、天子は体を落としていく。
そして、二人の距離は……
そこまでよ!!